出力段定電流化で劇的に進化する TU-870
真空管アンプの入門機といえばエレキットの TU-870 が最も有名ですが、私も御多分に洩れずこのキットが1作目でございます。自動車整備工の息子でありながらドリルを握ったことがなければ回路設計もしたことがない(学生時代は数学屋さんだったのです)、経験したことといえば昔に学校で半田こてを握ったくらいの人間にとっては、とりあえず第一歩はウェブでの情報が多い TU-870 を組み立てるのが無難な選択でした。そうして初めての真空管アンプを TU-870 で作ったのが2003年1月のことです。
ところが、その年の11月に 6BM8 超3アンプが完成してしまうと、低音域の再現力に劣る TU-870 はあっという間に主役の座を奪われ隠居状態となってしまいました。そのままでは可哀想なので、何か再生する方法はないか調べていると、まさにその頃ぺるけさんのHPで面白そうな実験をしていました。この企画に私も便乗させて頂くことにして出来上がったのが、今回取り上げる TU-870 改造版です。
2004年10月に改造が終わった新生 TU-870 殿は、見事 6BM8 超3アンプから主役の座を奪い返してしまいました。流石に全段差動プッシュプルにはかないませんが、サブシステムとして十分通用するほどの実力はあると思います。
2002年の秋頃のことです。インターネットの中をふらふら彷徨っていたときに、何故かふと目についたのが真空管 6922(6DJ8) 1本を乗せたマザーボードでした。
「今の御時世に、何でいまさら真空管!?」
私の場合、真空管といえば ENIAC (世界で最初と言われているコンピュータ)を思い浮かべます。大学時代から苦楽を共にしてきた「ANSI C/C++ 辞典(平林雅英著)」に、そのことが載っていたからです。真空管といえば熱をたくさん出す代物で、たしか戦後しばらくしてから登場したトランジスタに取って代わられた過去の産物。それが何故、いまになって復活したのだろう?と思っておりました。
そのマザーボードに関する解説記事を読んでみると、デジタル回路にはない「柔らかく、温かみのある音」がするとのこと。ほんまかいな?と一瞬思ったりもしてみましたが、わざわざ真空管を使うということは何かしら意味があるのでしょう。そういえば、私の職場にも真空管を2000本(!)くらい集めている先輩がいます。そんなことを考えているうちに、私は「真空管」なるものの世界に引き込まれていったのです。
「真空管」というキーワードでネットを検索すると、真空管アンプに関する情報が無数に引っ掛かります。当時の私は、「アンプ」が何を意味するかさえまだ正確には理解していなかったのですが、
「真空管アンプを使えば、よい音が聴ける」
そういう期待を抱いて、工作初心者でも簡単確実に作れるキットがないか探して、これなら大丈夫と思って選んだのがエレキットの TU-870 でした。作ると決めたら早々に BOSE 121 を2台と、TU-870 をオプションパーツ込みで購入しておりました。久し振りの半田付けに悪戦苦闘しながら、2週間近くかかって組み立てた真空管アンプは、苦労して作った分だけ見返りある音を聞かせてくれました。
しかしながら、日々が経つにつれ組み立てたアンプの音にだんだん物足りなさを感じるようになってきました。肝心の音に厚みがないというか、いま一つ迫力がありません。今まで使用していた BOSE のアンプ内蔵マルチメディアスピーカーに負けているような気がしました。我慢できなくなってきたので改造方法を調べてみると、どうやら真空管やコンデンサを交換するケースが多いようです。(何でも、当時キットに付属していた EI 製の 6BM8 がよろしくないのだとか)そこで、日本橋商店街の某店で松下製 6BM8 とコンデンサを購入してさっそく交換してみると、音の薄っぺらさはまあまあ改善されたようでした。さらにその後 Svetlana 製の 6BM8 を入手に交換してみるといい具合になったので、そのままの状態で運用し続けました。しかし、回路設計の経験が全くなかった当時の私には、部品を交換して音の違いを楽しむことが精一杯でした。
その後、超3アンプの製作を通じて真空管アンプの回路設計や製作技術を色々と勉強した私は、TU-870 がどこまでレベルアップできるのか試してみることにしたのです。
エレキット TU-870 の回路はオーソドックスな2段構成のシングルアンプです。今回の主な改造ポイントは
このほか、電源まわりの変更点として
ぺるけさんのところではキットのプリント基板(未使用品)を改造しています。が、私の場合すでに基盤に部品を実装してしまっていますし、先の改造で出力段カソードまわりをいろいろ弄ったためにパターンが剥げかけています……この状態で改造するのはちょっと無理がありそうです。そこで、思い切ってユニバーサル基板で作り直すことにしました。そうすると TU-870 のオリジナル回路を流用する必然性はなくなるので、さぁどう料理しようかといろいろ考えているうちに(このときがアンプ作りの過程で一番楽しいのです)、結局アンプ部から電源部まで全面的に回路を書き直してしまいました。
今回は本番用の基板を作成する前に、片チャンネル分の回路だけの実験用基板を作成しています。理由の1つは、回路定数を1から自分で設計したのは今回が初めてだったので、場合によっては部品を取り換えて追加検証できるようにしたためです。もう1つは、出力段カソード部の定電流回路の違いによる音の違いを比較するためです。比較してみたのは3端子レギュレータ LM317T と、2SD1411A を使ったディスクリート回路です。主観的な判断ですが、後者の方が音に深みが出るような感じがしたのでこちらを採用しています。
なお、電源回路のトランジスタ・リプルフィルタは、前回 6BM8 超3結アンプを作成したときにぺるけさんのHPでマニュアルを読んで勉強しながら実装した経験があったので、迷うことなく本番用基板で採用しました。トランジスタは、超3アンプで使用実績のある 2SD1409A を使っています。
キット付属のプリント基板を廃棄して改造することにしたため、回路以外にもあちこち手を加えることになりました。元の基板には真空管のソケットが取り付けられていたため、ソケットのサブシャーシを作る必要がありました。これは、大した問題ではありません。最大の難関(?)は音量用ボリュームの取り付けで、これをシャーシ本体に取り付けるためには元の穴を拡張+回り止め用の穴を追加する必要があります。が、TU-870 のシャーシは厚さ約 1.5mm の鉄製なので相応の覚悟が必要です――穴の位置を外したら修正が大変ですからね。。。使用したボリュームは見ての通り、アルプス製ミニデテント型のものです。電源スイッチは安全性を考慮して両切りタイプのものに変更し、スパークキラーを追加実装しました。もう一方の入力信号切り替え用スイッチはもともと使用していなかったのでネオンブラケットに置き換えてみたのですが、正面から見ると点灯しているかどうか分かりずらいです。まあそこはご愛敬ということで。
本体内部はこの通りで、見ての通り TU-870 の面影は全くございません。メインの基板は、電源トランスカバーを固定するねじを兼用して固定しています。
本体背面もオリジナルから大幅に手を加えました。スピーカー端子にはジョンソンターミナルを起用したかったので、これを入力端子2系統あったところに実装しました。入力端子はステレオミニジャック端子に変更し、電源コードのコードストリッパを取り付けていた場所に引っ越ししました。ミニジャック端子はサブシャーシに取り付け、これをヒューズホルダーで固定しています。電源コネクタは元々スピーカー端子がいたところにメガネ型のものを取り付けました(これもサプシャーシに取り付けていますが、サプシャーシ固定用に本体シャーシに穴を2つ追加しています)。シャーシの穴は小さいためにコネクタに差し込むのが困難な電源コードもありますが、そこは割り切りです。
結局、TU-870 オリジナルの部品で残ったものはシャーシとトランスぐらいのものでございました。
まずは特性の測定からです。周波数特性は 15Hz ~ 55KHz (-3dB) でこんなものかと思います。クロストークはおおよそ 70dB で、性能が落ちる低域でも 55dB 程度を確保できています。TU-870 の改造前はせいぜい 50dB 程度しかなく、電源部が左右チャネル共通になっているために低域では 20dB くらいにまで悪化していたことを考えると、大きな改善です。
さて音の方はどうなったかといいますと、オリジナルとは似ても似つかぬ別物に進化してしまいました。さすがにプッシュプルアンプ並の低音は出ませんが中域の音が素直で厚みがあり、透明感のある音に仕上がりました。三極管結合にしたため最大出力は小さくなりましたが超3結アンプと比べて私の好みの音に近かったため、たちまちにして主役のアンプの座に返り咲くことになりました。
あと、一つ気がついたことですが改造後のアンプでは真空管を他の銘柄に交換しても音の傾向はほとんど変わりません(EI 製 6BM8 を差しても立派な音で鳴ります)。真空管に特性のばらつきがあっても定電流回路が吸収してしまうということでしょうか。格式のあるブランド名やオーディオグレードを謳ったパーツの存在意義とは何なのだろうか、と考えさせられたプロジェクトでした。
真空管アンプの入門機としてベストセラーであった TU-870 ですが、生産終了となっております。EK JAPAN さんの説明によると、
「当該機種は初心者からマニアまで幅広い方々から高い支持を頂いていただけに、今回の製造中止の決定は弊社としても大変心苦しく存じます。調達不能となる部品が増える中、弊社がこだわる品質及びコスト維持が年々難しくなり、色々と継続策を探りましたが、残念ながら同仕様での継続は困難と判断いたしました。何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。」
うーん、残念ですね。新たに PCL86(14GW8)シングルアンプが販売されていることから察するに、6BM8 がコストアップしてしまったことが生産終了となった原因でしょう。現行品が Electro-Harmonix から出ていますが、それでもペアで $30 ~ $40 くらいしますし。それに比べて PCL86 の安いこと、安いこと。
でも 6BM8 はいい音が出る子なので、贔屓にしてあげてほしいものです。
TU-870 を定電流バイアス方式に改造してから15年以上経ちましたが、いまだに ECC99 全段差動アンプとともに現用アンプとして継続使用中です。真空管は改造後から松下製 6BM8 を使い続けていますが、まだまだ使い続けられそうな感じで、予備に回った Svetlana 6BM8 は本機での出番はきっと回ってこないと思います (^^; (その後、Svetlana 6BM8 は全段差動PPでようやく出番が来ました)Mini Watter としての場所を取らないコンパクトさ、小出力でありながら豊かな表現力といった点で、本機に取って代わるアンプはなかなか現れていません。もしシングルで Mini Watter を作るなら、6GW8 系よりも 6BM8 系の真空管の方がお勧めです。
さすがに年月が経過しましたので、今年になって電解コンデンサとカップリングを交換しました。きっと、あと20年くらいは使えるのではないでしょうか。