第2回電王戦第4局に見た、勝負の世界の厳しさ


 どれだけ絶望的な状況であっても、勝負を投げてはいけない、投げることが許されない場面というものが勝負の世界にはある


 上の動画は、第2回電王戦 第4局(Puella α × 塚田泰明九段)の終局時のものです。
将棋盤を挟んだ コンピュータ 対 人間の戦い。第2回電王戦の対局の中でも、最も異様かつ過酷と言われた試合です。
人間側がほぼ 100% 敗北確実な局面から懸命に巻き返し、230 手もの長手数の泥仕合の末に持将棋(引き分け)となりました。
試合終了後その場でインタビューが始められ、はじめは和やかな雰囲気の中でやりとりが行われたのですが、記者さんが塚田九段に

  「正直言って、投了しようとか、そういうことを考えたことはありますか?」 (上の動画の 07:15 頃)

    ※ 投了 …… 自分の負けを認めて、勝負を終わらせること。挽回不可能な局面では、投了することが礼儀とされる。

と質問されたとき、塚田九段は少し言葉に詰まったのち

  「いや、あの……」

と呟いた口元をハンカチで抑え、

  「自分からは投了しない、と……」

と絞り出すように答え、涙をハンカチで拭ったのでした。
上の記者さんの質問が出た後で 対局場の空気が一変したことは、動画を見て頂くとよく分かると思います。
絶望的な状況の中、塚田九段がどのような想いで一人で将棋を指し続けていたのか、背負っていた重圧の大きさというものを
その場にいる皆が悟った瞬間でした。


 終局図について

 まず、将棋のルールに簡単に説明しておきます。

将棋は、相手の王将(「玉将」と書かれた駒も同じ意味です)を先に取った方が勝ちとなるゲームです。
ただし、どちらのプレーヤーも相手の王将を捕まえることができない状況になった場合(具体的には、自分の王将が相手側の陣地に潜り込んだとき)には、
プレーヤーが持っている駒の数に基づいて計算されるポイントによって勝敗を決します。一般的なルール(24点法)では、

つまり、プレーヤーは 24 点以上のポイントを確保することで、引き分け以上の(負けない)権利を得ます。

下の図は、持将棋(引き分け)が成立したときの局面です。
Puella α,塚田九段どちらも王将が相手側の陣地深くに進入しており、相手の王将を捕まえることができません。
ポイントは Puella α が 30 点,塚田九段が 24 点で、引き分け成立です。
(画像にマウスカーソルを合わせると、簡単な説明が出ます)

第2回電王戦第4局終局図

(終局図 230 手目 △2七同と まで)


 第4局の経緯

 塚田九段は Puella α との対戦が決まると、ボンクラーズ(Puella α の旧版)を入手して対策を練っていたそうです。
そして、ボンクラーズが入玉模様の将棋に対応できていないという問題点を発見したことから、入玉も視野にいれた方針で対局に臨むことに決めたようです。
実戦でも、相矢倉の戦形から Puella α が優位に立ち、塚田九段が入玉に活路を求める形になりました。
下図から、塚田九段は△1三玉と指して入玉する意図を明示します。

 ※ 入玉 …… 自分の王様を相手側の陣地深くにまで進めて、絶対に捕まらない形を目指す指し方。

第2回電王戦第4局75手目

(途中図 75 手目 ▲4一金 まで,マウスオーバーすると 76 手目 △1三玉 を表示します)


 しかし、Puella α の攻めは的確であり塚田九段を容赦なく追い詰めます。塚田九段は、飛車のみならず角までも取られてしまいます。
飛車・角は非常に価値の高い駒で、上で書いた持将棋のポイント計算でも1枚につき5点ありますので、ポイント勝負になってしまったら勝ち目がありません。
局面としては塚田九段の必敗形で、人間同士の対局であれば逆転の見込みはほとんどありません。
しかし、塚田九段には内心思うところがあって、なおも指し手を進めました。

第2回電王戦第4局87手目

(途中図 87 手目 ▲5三香成 まで)


 塚田九段の秘策は、事前の研究で使用したボンクラーズが入玉をしてこない、その弱点を突けば勝ち目があるというものでした。
しかし、Puella α は その最後の希望を打ち砕く手を指します。125手目 ▲7七玉。入玉を目指した手です。
入玉に対応していないというボンクラーズの問題点が Puella α では修正されていたことが、塚田九段にとっての最大の誤算であり悲劇でした。
ポイント勝負では点数が足りず、Puella α の王様を捕まえられる見込みもありません。絶望的と言うべき状況です。
Puella α の王将が ▲7七玉 ~ ▲8六玉 と行進する様を見た塚田九段は、文字通り 心が折れた と思います。

第2回電王戦第4局130手目

(途中図 130 手目 △3九飛 まで,マウスオーバーすると 131 手目 ▲8六玉 を表示します)


 団体戦なので、自分から勝負を投げることは許されない

 冒頭で書きましたが、将棋では挽回不可能なほど形勢に差が開いてしまったときには、圧倒的不利な側が投了する(負けを認めて、
勝負を終わらせる)ことがエチケットとされています。それ以上指し続けても意味が無い、不毛なことはすべきではないからです。
また、プロ棋士が将棋を指したときには棋譜(指し手の記録)が残ります。事実上勝負がついてしまったら、それ以上棋譜を
汚すべきではない、これ以上醜態を晒すのは将棋のプロとして恥である、という考えがプロの将棋界にはあります。
実際、潔く投了することが美学であることを矜持とするプロの方は数多くおられます。そのことについては全く異論はありません。

 しかし、塚田九段には どれだけ絶望的な局面になっても 負けが確定しない限り投了できない事情がありました。
それは、第2回電王戦が団体戦であったから。

人間(プロ棋士) 1勝 2勝 コンピュータ
第1局 (2013.3.23) 阿部光瑠 四段 習甦
第2局 (2013.3.30) 佐藤慎一 四段 ponanza
第3局 (2013.4.6) 船江恒平 五段 ツツカナ
第4局 (2013.4.13) 塚田泰明 九段 Puella α
第5局 (2013.4.20) 三浦弘行 八段 GPS将棋

 第2回電王戦は、5番勝負による団体戦です。先に3勝した方の勝ち。
第3局が終わった時点の成績は、コンピュータ2勝,プロ棋士1勝。つまり、塚田九段が負けてしまうと、その時点で
第5局を待たずしてプロ棋士側の敗北が決定してしまいます。団体戦の観点で考えると、プロ棋士の側からすれば、
たとえ引き分けに終わってでも最終アンカーである三浦弘行 八段にタスキを繋がなければならない。
第2回電王戦の決着を、大将戦である第5局に持ち込ませなければならない。
プロ棋士たちの意地とプライドを背負って、プロ棋士の世界を代表して参加しているのですから。
団体戦において、チームの命運が懸かった試合では勝負を途中で諦めることは決して許されないのです

 このまま第4局の将棋を指し続けるべきではない、塚田九段に投了を促すべきだ、と考えていたプロ棋士も中にはいたようです。
第4局の観戦記を書いた河口俊彦 七段は、「二度とこういう将棋は見たくない」という言葉で観戦記を締めくくっています。
その背景には、プロ棋士には団体戦で真剣勝負した経験がほとんどない、という事情にあるのだと思います。
 将棋の団体戦は、たいてい学生もしくは社会人のアマチュア大会で行われます。ところが、プロ棋士の たまごたちは
小学生・中学生で奨励会(プロ棋士の養成機関)に入ってしまいます。奨励会員はアマチュアの大会には出場できませんので、
真剣勝負の団体戦を経験する機会はほとんどありません。
 ゆえに、将棋 イコール 純粋な個人戦 であるというのがプロ棋士の世界における ごくごく一般的な認識です。
その延長線上に、先に書いた「投了の美学」というものがあって、それはプロ棋士たちの意識の中に深く刷り込まれています。
投了を促すべき、というのはプロ棋士として自然な感覚であるわけです。
逆に、大学将棋・職団戦などの団体戦を数多く経験しているアマチュア選手ならば、指し続けることを選ぶ方は少なくないでしょう。

 塚田九段も、今回の対局が個人戦であったならば Puella α が入玉を目指した時点で投了していた、と後になって語っています。
しかし、塚田九段は 第2回電王戦が団体戦であると認識していました。そして、戦い続ける気力がまだ残っていた。


 塚田九段は、プロとしてのプライドを捨て、惨めな棋譜を残した という汚名を被ってでも、勝負を賭して指し続けることを選択します。
ただ1人、絶望的な暗闇の世界の中で。
勝利が確定的と思われた Puella α ですが、その後 意味のない疑問手が次々と飛び出すようになります。そして迎えたのが次の局面。

第2回電王戦第4局169手目

(途中図 169 手目 △4四歩 まで,マウスオーバーすると 176 手目 ▲8一金打 を表示します)


 入玉を果たした後の Puella α の一連の指し手には問題点がありました。
一つは、王将の守りが手薄であること。王将周辺の守りが薄いと、相手に王手飛車取りとか王手角取りなどの大技をかけられる可能性が生じます。
もう一つは、自陣の駒が逃げ遅れていること。既にポイント勝負の局面なのですから、Puella α は自陣の駒を向こう岸まで安全確実に逃がすことを
優先しなければなりません。Puella α は入玉対策こそ施されていたものの、それは完全なものではなかったのです。

 塚田九段は、持ち駒の金・銀を次々と盤上に投入して、176 手目で Puella α の大駒1枚を捕獲することに成功します。
相手の馬(角の駒が裏返ったもの)を取った時点で、塚田九段のポイントは 21 点。まだ点数が足りず、人間同士の対局ならば
挽回困難な差ではありましたが、Puella α のちぐはぐな指し手を見れば投了の2文字が必要ないことは明白でした。
Puella α の逃げ遅れた駒を1枚ずつ奪っていき、ついに 222 手目 △8七と引 で念願の 24 ポイントに到達します。
両対局者(Puella α の開発者 伊藤英紀 さんと、塚田九段)が持将棋の決着で合意したのは、それから間もなくのことでした。


 この勝負、終局後のインタビューにおける塚田九段の涙が殊更強調されるのですが、本局の立会人 神谷広志 七段の心情についても
察するに余りあるところがあります。インタビュー当初では笑みを浮かべていたのですが、記者さんの例の質問を受けて塚田九段が
言葉に詰まったあたりから みるみるうちに表情が強張り、一転して沈痛な面持ちに変わってしまいます。河口七段の観戦記にも書いてありますが、
プロ棋士の間から神谷七段に対して 立会人として対局を止める(投了を促す)ように求める声があったのを、神谷七段が制止していたという背景があったのです。
神谷七段は、塚田九段とプロデビューが同じ年度であり (いわゆる「花の55年組」) 30年以上付き合いのある間柄です。
おそらく神谷七段には、塚田九段が何故投了せずに最後まで指し続けようとしたのかが、なにもかも 分かっていたのでしょう。

第2回電王戦第4局インタビュー(07:03) 第2回電王戦第4局インタビュー(09:11)

当初は笑みを浮かべていた立会人の神谷七段であったが(左)、一転して沈痛な面持ちに変わってしまった(右)


 第2回電王戦は、最終局で三浦八段がGPS将棋に敗れてしまいコンピュータの勝ちで幕を閉じたのですが、この企画の舞台裏で語られた
将棋ソフトの開発者たち,そしてプロ棋士たちの想いの中にこそ 将棋というゲームの未来予想図が集約されているような気がします。
興味のある方には、山岸浩史さんが現代ビジネスに書いた記事(下のリンク集を参照)がお勧めですのでぜひご覧ください。


 チームの勝敗を、チームの命運を、多くの人の願いを託された者にしか、分からないこと

 以上、第2回電王戦第4局において塚田九段が見せた勝負というものへの尋常ならざる執念について書いてみたのですが、
「じゃあ、お前はどうなんだ?」という突っ込みが飛んできそうです。実際には、敗勢であっても勝負を投げることが許されない状況に
なってしまうケースは、プロ棋士よりも団体戦の機会が多いアマチュア選手の方が圧倒的に多いと思います。
そして、私も塚田九段と似たような場面に遭遇してしまった者の一人。そのことについて、ちょっと書かせてください。


 私自身の棋力は、アマチュア有段者ではありますが いわゆる都道府県代表クラスには遥か遠く及ばず、「そこらへんの有段者」程度のものです。
ただ、大学時代に将棋部に在籍しておりましたので、関西の大学将棋の試合に出場させて頂いたことが何度もございました。
そして、大学4回生のときにA級一軍戦の試合で 図らずもそういう場面に出くわしてしまいました。

 一軍戦というのは大学将棋の団体戦の中では最も重要な試合で、A級はその中でも最上位のクラスに位置します。上位校の間では、
全国大会への切符を巡る戦いがあり、下位校の間ではリーグ残留を賭けた戦いがあります。そして、A級リーグ残留というのは
自分の大学将棋部にとって、私の入学以前も含め 既に卒業してしまった代々の先輩方からの長年の悲願であり目標でありました。
その、A級リーグ残留が事実上懸かった試合に、自分の対局が一番最後に残ってしまった。


 将棋の内容としては、若手選手相手に私が序盤早々に撹乱戦術で引っ掻き回して優位に立ちまして、その差をキープしたまま最終盤に突入しました。
形勢としては、完全な私の一手勝ち。ただし、一手でも間違えれば形勢がひっくり返る僅差のリードです。
で、その肝心なところで大ポカをやらかしたんですね。捕まらない相手の玉を、捕まえられると錯覚して捕まえに行ってしまった(爆)
捕まえるつもりでタダ捨てした角を相手に取られた後で、それが錯覚であったと気付きましたが、既に手遅れ。形勢逆転。

 そのとき、ふと 周りを見てみますと ものすごい人集りになっていたんですね。今まで自分が経験したことのない。
その異様な雰囲気から、現在のチームの星勘定がタイスコアなんだと悟りました。つまり、自分の試合結果でチームの勝敗が決まる
でも、自分の試合はさっかの大ポカのせいで 一転してボロ負けの形勢。常識的に考えて、100% 勝ち目がない。
 どうしたものかと 一瞬考えました。そのとき、この対局結果いかんによって 自分のチームがA級残留するかどうかの確率に
天と地の差ほどの差がついてしまうことに気がつきました。A級残留が、諸先輩方の夢であったことにも。

    この将棋、最後まで投げられない と思いました。途中で負けを認めたら、後で一生後悔するすることになる、と。
    「頭金で詰むまで、決して最後まで諦めてはいけない」という3年上の先輩の言葉を噛み締めつつ。

でも将棋は 絶望的なまでに ボロ負け。相手の王将を捕まえることは不可能に等しい。そのとき閃いたのが

    「入玉を目指そう。入玉して、持将棋を目指そう」

ということでした。もうそれしか、負けにならない手段が残されていなかったのです。
しかし、入玉するための必須条件としての上部開拓はほとんど何も出来ていなかったので、自分の王様が逃げ切れる可能性は
冷静に考えればほとんどありません。それでも、僅かな可能性がある限り やるしかない


 私の周囲にいたギャラリー(観戦者)も、私の負けを確信したようで次々と去っていきました。そのとき残ったのは、秒読み係を含めて
ほんの2~3人くらいだったと記憶しています。そこからは、塚田九段と同様 長くて暗い 自分1人だけの戦いでした。
あまりにも絶望的な戦いでしたので、自分が どのような指し手をしたのかは全く覚えておりません。
状況が状況なだけに、常軌を逸した指し回しであったような気がします。

 私にとって幸運だったのは、対局相手の方が相当に疲労困憊しており、私の王将を捕まえられるような精神状態ではなかったことです。
周囲の様子も全く視界には入っておらず、盤面も ただ自分の王将の周囲しか見えていない、そういう状況だったと思います。
たぶん、私が序盤から中盤にかけて感覚を破壊するような指し回しをしたことが影響したのでしょう。そして、まさか此の期に及んで
私が入玉を企ててくるとは予想だにしていなかったのだと思います。
何かおかしいな、と私は感じながら指していたのですが、途中で相手が参っていることに気付きました。形勢は依然ボロ負けでしたが、少しだけやる気が出ました。
対局相手の方にも私と同じくらいの 周囲を見渡せるだけの精神的余裕があれば、私は間違いなく負けていたと思います。


 そうこうしているうちに私が奇跡的とも言うべき入玉を果たしますと、1人また1人とギャラリーが戻ってきました。
あとは持将棋にできるかどうか。点数を数えますと、私の方がちょっと足りてない。
そうと分かれば、必死になって相手側の駒を攫っていきましたよ。
指差しカウントもしました。塚田九段と同じように(笑)

 第2回電王戦第4局の最終盤で、塚田九段が指差しカウントしている場面でニコファーレの会場から どっと笑いの声が漏れた
場面がありましたけれども (上の動画で 0:18 頃)、あれ 当事者にとっては真剣そのものなんです。
万が一にも、ポイントの計算を間違えていたら それこそ一大事。
自分だけの勝負ではないのですから。チームの勝敗が かかってますから。
そして、背負っているものがありますから。
無意識のうちに指差しカウントせざるを得ない(笑)
別に笑っていただいて、一向に構わないのですけれども。
ただ、伊藤さんがコンピュータ画面を見ながら Puella α の点数を指差しカウントしているシーン (上の動画で 2:37 頃) では抱腹せずにはおれませんでした。
おいおい、コンピュータなのに そこはアナログ計算なのかょ、と。
最高のジョーク。最高のエンターテイメント。


 話を、私の対局に戻します。 私が大会運営者の方に持将棋のルールが 24点法 であることを確認した後(もしも 27点法だったら、さらに駒を集めなければならない)、
私が最後に△1八竜と動かした時点で、大会運営者の方の裁定により持将棋成立となりました。
私も対局相手の方もお互いフラフラな状態でしたので、ほんの少しだけ感想戦を行った後にその場は解散となりました。
私が試合会場に1人残って将棋盤と駒の後片付けをしておりますと、1年下の後輩がやってきまして

  「喜んでください。(チームの対戦結果は)勝ちに等しい 引き分けですよ!」

と報告してくれました。私は、その瞬間

  「よかった~~」

と呟かずにはいられませんでした。
諦めなくてよかった。最後まで頑張ってよかった。
自分のせいでフイにしてしまったチームの勝利を、半分だけですが取り返すことができたのです。
とにかく、最低限の責任だけは果たしたのだ、と。
諸先輩方の長年の悲願というものを、首の皮一枚で繋ぐことができたのだ、と。
喜びという感情は全くありませんでした。あったのは、全身が脱力しそうなほどの安堵感だけです。

きっと、塚田九段の言う終局後の安堵感(これが原因で涙した)というのも、これと同じようなものなのでしょう。
塚田九段は日本将棋連盟という組織そのものを背負っていたので、その重みは比べ物にならないほど違うとは思いますけれども。
ただ、この「全身が脱力しそうなほどの安堵感」というのは、たぶん同じような修羅場を経験した者にしか分からないと思います。
なので、私は塚田九段が棋譜を汚したこと、涙したことを批判することができません。無理です。

 結果として、さきほどのチームとしての引き分け 0.5 勝分が最終的に効きまして、私の大学将棋部はA級残留という
積年の悲願を果たすことができたのです。自分にとっても、非常に貴重な経験でした。
後輩も、後に一軍戦回顧録の中で 「たかが 0.5 勝、されど 0.5 勝 Get であった」 と書いております。


 その過酷なまでの勝負処を生き延びたからこそ、今の自分がある。 そう思っています。


 勝負事では、最後まで諦めてはならない。そうしたことの積み重ねが忍耐力を養い、メンタリティを強くする。

 そういうことを考えると、人間相手のリアルな将棋はメンタリティを鍛えるのにうってつけのゲームだと思います。
どんなに優勢、必勝態勢であったとしても、たった1手のミスですべてが台無しになってしまうこともある、恐ろしいゲームです。
これほどまでに人間臭く、スリリングで、過酷で、ドラマティックなゲームを、私は他に知りません。

 そういったゲームの性格上、将棋というゲームの世界では、プロ・アマ問わず実にさまざまな事件・事故が発生します。
私が起こしたことのある最大の事件は、王手を掛け続けられて自分の王将が詰んでいるにも関わらず、魂を込めるような手つきで
王将を盤面に打ちつけるように動かし続けていたら、催眠術にでもかかったかのように 相手が投了してしまった というもの。
しかも、団体戦である一軍戦の試合で。
そのときのチームの対戦スコアは3-4でしたので、あと一歩で最大級の大事件になるところでした。
(後で、先輩方からは「将棋って、相手を詰ますのではなく、投了させるゲームだったのか」と大いに突っ込まれましたが)
理屈云々は抜きにした指し手で、相手の心理状態とか心理のエアポケットに付け込んだことは幾度もございます。私は悪い人です (^^;

 将棋では、ここぞという場面でメンタリティの差が如実なまで出てしまいます。将棋って怖い。だけれども面白い。
ですから、人間が将棋でコンピュータに敵わなくなっても、将棋というゲームは廃れないと思いますし、プロ棋士がやるべき仕事と
いうものは十分に残されていると思います。


 勝負事では、心が折れそうなくらい敗北必至の状況であっても、最後までプレイし続けなければならないときがあります。
それでも、最低引き分けに持ち込める一縷の望みがある限り、決して最後まで諦めてはなりません。
そうしたことの積み重ねが忍耐力を養い、メンタリティを強くするのだと思います。
勝負事は人生の縮図ゆえ、そのことは人生の糧にもなる筈です。



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